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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)795号 判決

東京都中央区〈以下省略〉

原告

明治物産株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

飯塚孝

横浜市〈以下省略〉

被告

Y1

横浜市〈以下省略〉

被告

株式会社Y2

右代表者代表取締役

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

石戸谷豊

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一求めた裁判

一  被告Y1(以下「被告Y1」という。)は原告に対し、八四五三万七七一三円及びこれに対する平成四年五月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社Y2(以下「被告会社」という。)は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)について、別紙登記事項目録記載の根抵当権設定登記手続をせよ。

第二事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は、原告は、東京穀物商品取引所等の会員で、商品取引所法に定める主務大臣の許可を受けた商品取引員であるが、

1  被告Y1に対しては、同被告との間で、昭和六一年一一月二七日から平成四年四月二七日までの間に、原告横浜支店を通じて、別紙各取引明細表のとおり行った、生糸、乾繭、小豆、粗糖、綿花、銀、白金、金及びゴムの各商品先物取引は、最終的に一億二七九三万七七一三円の損金が生じたが、一方において、被告Y1から別紙現金出入金明細表のとおり委託証拠金の預託を受け、平成元年四月一二日現在における預託金は四三四〇万円となっていたから、これを前記損金と相殺処理すると、被告Y1の原告に対する商品取引清算金債務は八四五三万七七一三円になるとしてその支払を求め、

2  被告会社に対しては、被告Y1が昭和六二年一一月二四日現在において、原告に対して五一〇三万八二〇〇円の委託追証拠金を預託しなければならなかったが、同被告はその預託が困難であり、右委託証拠金及びその後も取引を継続するとすれば必要となる委託証拠金の合計八〇〇〇万円を限度として、被告会社において、昭和六二年一二月一三日に、被告会社所有の本件不動産に抵当権を設定する旨の契約が成立したとして、その抵当権設定登記手続を求めるものである。

二  争いのない事実

1  原告は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所、東京砂糖取引所、横浜生糸取引所、前橋乾繭取引所の各会員で、商品取引所法に定める主務大臣の許可を受けた商品取引員で、右各商品取引所における上場商品の先物売買取引及び現物売買取引の受託業務を主たる業務とする会社である。

2  被告Y1は、昭和六一年一一月二七日から昭和六二年七月まで、原告横浜支店を通じて商品先物取引を行い、原告に対して委託証拠金として別紙現金出入金明細表の入金額欄記載のとおり四五五〇万円を預託した(もっとも、右の内、平成元年四月一二日の二〇〇万円が委託証拠金であることは被告らは否認する。)。

3  被告Y1は被告会社の代表者であり、被告会社が本件不動産を所有し、被告会社において、本件不動産の登記済証、印鑑証明書を原告に交付した。

三  原告の主張の要旨

1  被告Y1が、原告に委託して、昭和六一年一一月二七日から平成四年四月二七日までに原告横浜支店を通じて行った取引は、別紙各売買明細表のとおりであり、全取引の清算を行うと一億二七九三万七七一三円の損金が発生している。

2  一方、被告Y1が原告に対して預託した委託証拠金は別紙現金出入金明細表のとおり四五五〇万円であるが、同表記載のとおり内金二一〇万円の払出しを行っているので、被告Y1の預託金の現在高は四三四〇万円となり、これを1の損金から控除した残額の八四五三万七七一三円が被告Y1において原告に対して負担する商品取引清算金債務ということになる。

3  被告会社は、被告Y1が全株式を保有し、かつ代表取締役を務める会社であるところ、被告Y1による取引の昭和六二年一一月二四日現在における既に手仕舞した建玉の帳尻損金が二一〇九万八四〇〇円となり(綿糸二〇二三万八〇〇〇円、生糸八六万〇四〇〇円)、同日現在の建玉が綿糸二〇〇枚(売一〇〇枚(昭和六二年一一月限八〇枚、同年一二月限二〇枚)、買一〇〇枚(昭和六三年一月限))、白金一〇〇枚(売五〇枚(昭和六三年六月限)、買五〇枚(同月限))について、当日の終値で建玉を仮計算した値洗い差損金が二九六九万六〇〇〇円(綿糸二四三三万六〇〇〇円、白金五三六万円)となっており、建玉を維持するためには原告に対し、委託追証拠金として五一〇三万八二〇〇円を預託しなければならず、原告が被告Y1から預託を受けていた委託証拠金一九五五万六二〇〇円を差し引いても、なお三四〇〇万円余を清算金として用意しなければならず、さらに今後被告Y1が四五〇〇万円の範囲で商品取引を継続して行うために、昭和六二年一二月三日に、原告と被告会社間で、被告Y1のこれら合計約八〇〇〇万円の債務を担保するため、八〇〇〇万円を限度額として本件不動産に根抵当権を設定する旨約した。

四  原告の主張の要旨に対する被告の反論

1  被告Y1は、昭和六二年七月下旬ころから、資金不足のため追証拠金を納付することができない状態に陥り、原告の当時の担当者のBに、全建玉を決済するよう申し入れた。その時点で、手仕舞をしていれば、清算後の損金は二〇〇万円程度ですんだにもかかわらず、右Bにおいてその手続を執らなかったため、期間の経過とともに損金が拡大し、同年八月三日ころには現実に追証拠金を納付しなければならない状態となった。

2  そこで、被告Y1は、同月四日午前九時ころ、原告横浜支店において、右Bに対し、あらためて全建玉の決済を申し入れたところ、被告Y1から事情を聴取した原告の営業部長のCは、「原告が一〇〇パーセント悪い。責任をもって対処する。」と明言し、以後は、右Cが被告Y1名義で発生した損金を減らすために、被告Y1の名義を用いて同被告に無断で取引を行ったもので、同年八月以降の取引は被告Y1の指示に基づくものは全くなく、同被告の計算に帰せられるべきものではない。

3  同年一二月三日に、Cから被告Y1に対して、「挽回して損金をゼロにするが、他の役員を説得するために形だけでいいから本件不動産の権利証を入れて欲しい。」等として本件不動産の権利証を預託させたもので、その際、本件不動産に根抵当権を設定するとの話は全くなかった。

4  なお、被告Y1は、平成元年四月一二日に、原告に対して二〇〇万円を入金しているが、右Cから「他の役員にうるさく言われているので、形だけでも入金してもらえないか。」と頼まれ、被告Y1は、昭和六二年七月に決済していたとしても、二〇〇万円程度の差損金が生じていた筈であることから、右の限度で入金したもので、同年八月以降の取引によって生じた損金についてこれを了解して入金したものではない。

五  争点

1  被告Y1との間では、昭和六二年八月四日以降の被告Y1名義で行われた取引が、被告Y1の委託に基づくものか否か。

2  被告会社との間では、同年一二月三日に、原告と被告会社間において、原告主張の根抵当権設定の合意が成立したか否か。

第三当裁判所の判断

一  証拠(甲第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし一五、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし二〇、第一四号証の一ないし一四、第一五号証の一ないし二五四、第一六号証の一ないし八五、第一七号証の一ないし二八、第一八号証の一ないし二一、第一九号証の一ないし一二七、第二一号証の一ないし六七、証人C、被告兼被告会社代表者)によれば、原告を通じて、被告Y1の名義で、別紙各売買明細表記載のとおりの先物商品取引が行われた(但し、同明細表の綿糸40の銘柄の内、番号9の取引の限月を「63、1」と、綿糸40の銘柄の末尾の合計欄の内、取引税額を「98、561」と、消費税額を「129、077」と、同明細表の白金の銘柄の内、番号14の売付の約定年月日を「63、3、31」とそれぞれ訂正する。)ことが認められる。

二  前記争いのない事実に右一で認定した事実及び証拠(甲第四号証の一、二、第五号証の一ないし三、第六号証、第七号証の一ないし三、第一〇号証の一、二、証人C、被告兼被告会社代表者)によれば、次の事実が認められる。

1  被告Y1は、昭和六一年一一月二七日から原告を通じて先物商品取引を行っていたが、昭和六二年七月中旬ころには追証拠金を必要とする状態となり、同月二一日に五〇〇万円の追証拠金を原告に預託した。

2  右の時点で被告Y1が原告に預託していた証拠金は、合計四一四〇万円に上り、被告Y1の手持ち資金の限界に達しており、同被告には、これといった資産もなく、これ以上損金が拡大すると、自己の家庭生活や同被告が代表者を務める被告会社が犠牲になると心配し、同被告としては、他から借金までして取引を継続する意思はなかったため、右追証拠金を原告に預託する際には、原告の担当者であった横浜支店のB副課長に、さらに差損金が生じ、これ以上の追証拠金が必要となる状態になれば、取引は止めざるをえない旨を伝えていた。

3  しかしながら、その後の相場の値動きは、被告Y1に不利に展開し、同被告が計算したところでは、同年八月三日の終値で、再び追証拠金を必要とする状態となったことから、同日夕方に、右Bに対し、電話で取引を終了する旨を連絡を行い、翌四日には、原告横浜支店に赴き、直接Bに対し、これ以上の追証拠金を預託する意思もないし、力もないので取引を終了したい、建玉を全部整理して欲しいと申し入れた。

4  被告Y1は、右申入れを行った後、原告から一週間内には全建玉を手仕舞した旨の報告があるものと考えていたが、一向に原告からその旨の報告がなく、同月一〇日の終値では、清算すると赤字が出る状態となってしまい、前記Bに確かめたところ、未だに建玉を手仕舞していないとの回答であったことから、翌一一日に、原告横浜支店に出かけ、前記Bと会い、その時点で清算すれば生ずる約二〇〇万円の赤字については被告Y1が負担するので、直ちに全建玉を手仕舞するよう改めて申し入れた。

5  一方、原告としても、被告Y1から追証拠金の預託がないため、原告の営業部長であったCが中心となってその対策を検討していたところ、横浜支店のB副課長から被告Y1に会って欲しいとの意向が示されたこともあって、右C自身が被告Y1と会うことになった。

6  被告Y1は、同月中旬に、右C及びBとJR関内駅近くの喫茶店で会い、その際、被告Y1からCに対して、Bへ手仕舞の指示をしたにもかかわらず、Bがこれに従わなかったことについて説明したところ、CはBからも事実関係を問い質したうえで、被告Y1の右説明を理解し、原告側の落ち度を認め、被告Y1に対し、同被告に迷惑をかけないで収拾したいが、その方法を考えるので、しばらく時間を下さいと回答した。

7  そして、原告では、被告Y1名義の建玉の内、枚数の少ないものについては、随時手仕舞を行うとともに、枚数の多かった綿糸と白金については、両建てという形で反対売買の新規建玉を建てたが、右新規建玉については、事前に被告Y1に相談はなく、事後的に報告書を送付したのみであった。

8  その後、同年一一月ころまでは、被告Y1と前記Cは一か月に一度位の割合で会い、Cから被告Y1と原告の双方が円満に収拾される方法を検討しているとの報告を受けていたが、同月末ころまでに、Cから、被告Y1の口座を利用して赤字がゼロになるまで取引を行いたい、そうすれば、会社の立替金もなくなり、同被告に請求することもなくなるので、右方法によって収拾を図りたい、ついては、役員の了承を取るうえで、被告会社の所有物件を担保として預かった旨の形式が必要で、登記手続をしないから本件不動産の権利証及び被告会社の印鑑証明書を預からせて欲しい旨の提案があり、被告Y1もこれを了解し、同年一二月三日に原告横浜支店で被告Y1とCとが会い、被告Y1からは本件不動産の権利証と被告会社の印鑑証明書がCに交付された。

9  その際、Cは、右権利証を預かる際、右預かる趣旨として被告Y1が原告で商品取引を継続するためであり、被告会社が現在進めている同被告所有の土地が売却できたときは、取引の必要額の納入と同時に被告Y1に返還する、また右権利証に対して担保物件としての抵当権は設定しない旨のCの私印を押捺した「預り証」(甲第四号証の一)を作成し、被告Y1からはCに対し、右権利証を原告に預け、四五〇〇万円の範囲内で取引の継続をお願いします等を記載した書面(甲第四号証の二)を交付した。

以上の事実が認められ、右事実によれば、被告Y1は、遅くとも昭和六二年八月一〇日には、原告横浜支店のB副課長に全建玉の手仕舞を申し入れていたのであるから、それ同月一一日以降の新規の建玉は、被告Y1の依頼を受けずに行われた取引であるということができる。

三  証人Cは、昭和六二年八月一一日以降の取引も、個々の取引について被告Y1の依頼を受け、同被告と連絡が取れないときも、長中期的な方針については事前に相談を行い、その結論に従って取引を行っていたうえ、個々の売買についてその報告書を送付していたが、それについて被告Y1から異議が唱えられていないことからすれば、被告Y1の意思に反した取引ではない旨供述する。

しかしながら、Cが昭和六二年一二月三日に被告Y1から権利証を預かった際に作成した前記「預り証」は、Cの私印が押捺されたもので、原告の社印等のない原告会社が作成した書面とは認められないところ、証人Cは、その際、原告の管理部の者が同席していた旨供述しているが、そうであるならば、なおさら何故に原告会社名義の書面が作成されなかったのか多大な疑問が残るうえ、本件においては、取引の継続によって、その後膨大な赤字が生じているにもかかわらず、原告からは全くその赤字の補填や、証拠金の追加預託を請求した形跡が本件証拠上ないこと、また、証人Cの証言によれば、Cは平成四年六月に原告を退職していることが認められるが、被告Y1名義で行われた本件取引は、その退職の時期に間に合わせるように平成四年四月二七日までに手仕舞されていることを併せ考えると、証人Cの前記供述部分はたやすく信用することができず、かえって、前記認定事実を総合すると、原告の外務員でもあるCにおいて、被告Y1に無断で取引を行っていたと推認するのが相当である。

また、被告Y1が原告に対し、平成元年四月一二日に二〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがなく、右金員について原告は、被告Y1が取引を続けるうえでの証拠金として預託されたものである旨主張するのに対し、被告Y1はその本人尋問において、右金員は、昭和六二年八月三日に手仕舞の指示を行い、同月一〇日に改めて手仕舞の指示を行った時点で生じていた差損金が二〇〇万円であったことから、これを補填したものである旨供述するところ、前記のように被告Y1が昭和六二年八月一一日以降の取引に関与していたとは認められないうえ、右二〇〇万円が原告に預託された後も膨大な損金が生じ、しかも、原告からその補填等がないのであるから、原告としては、建玉の手仕舞等清算手続を行うべきであるにもかかわらず、これを行わない等、原告の取引の方法には極めて不自然な点が多く、原告の主張を認めることはできないというべきで、原告の、昭和六二年八月一一日以降の取引が被告Y1の指示の下に行われたことを前提とする本訴請求は、理由がないというべきである。

四  また、原告の被告会社に対する根抵当権設定登記手続を求める請求は、昭和六二年八月一一日以降の取引の実体は前記認定のとおりであり、被告会社と原告との間で根抵当権設定の合意の存在を裏付ける証拠として提出する甲第四号証の一、二の作成経緯は前記認定のとおりであること、右書証の表現によっても、根抵当権設定の合意があったとは的確に認められないことからして、これを認めることはできないというべきである。

五  よって、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 片桐春一)

〈以下省略〉

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